ちわ「くちゅん・・・うーん、やっぱりこの前、はしゃぎ過ぎちゃったかな?」
天井を見つめながら独り言を呟く斎藤千和。
先週末、声優Waveとアイムのファンイベントを終えたところなのだが、直りかけていた
風邪をぶりかえしてしまい、床に臥せっているのであった。
幸い、千和ママによる手厚い看護の甲斐あって、快復しつつあるのだが、微熱によって
もたらされる気だるさを、彼女は持て余していた。
ちわ「なんか、いい加減寝てるだけなのも、飽きてきちゃったな・・・」
ちわ「だけどテレビ見たり、本を読んだりするのは、まだ辛いな。」
ちわ「こういうときは、やっぱり誰かとお喋りだよね〜。」
ちわ「誰にしよっかな?めーみちゃん、麻衣ちゃん、佳奈ちゃん、理科ちゃん・・・。」
ちわ「何はともあれ、携帯、携帯と・・・、うわわっ!?」
机の上の携帯を取りに立ち上がるが、軽い立ち眩みを起こしてよろけてしまう。
ちわ「はぁー、危なかった。やっぱりずっと寝ていたせいかな?」
よろけたはずみで、彼女はドレッサーの前に立っていた。
何の気なしに、鏡の中の自分自身に向かって、「べーだっ!」と舌を出しておどけてみる。
彼女の着ているピンク色のパジャマは、パフスリーブで襟、袖口がフリルによってあしら
われており、大きな胸元のリボンが大変可愛らしい。また、寝るのに煩わしく無い様、長
い髪を片おさげにして、左胸元に垂らしていた。
ちわ「そういえば、このパジャマ・・・。」
ちわ「なっちゃんがうちにお泊りしてくれたときも、私着てたんだよな。」
ちわ「あのとき、このパジャマを見て『お子ちゃま〜』って、笑われたっけ。」
ちわ「・・・そうだ、なっちゃんに電話してみよう!」
ちわ「なっちゃん、電話に出られるといいけど・・・。」
斎藤は、ベッドの上にぺたりと座り込むと、メモリダイヤルの中から桑谷の名を探し出し
て発信した。
くわ「はい、桑谷です。えーと、千和・・・ちゃん?」
ちわ「もしもし、そうだよ、なっちゃ・・ごほごほごほごほっ・・・。」
くわ「うわっ、何だかばっちいな。」
ちわ「なんだよー!いきなり人に向かってばっちいとは御挨拶だな・・ごほごほっ。」
くわ「あーっ!分かったから、少し落ち着きなさいよ。」
くわ「耳元で咳き込まれると、うるさくて敵わないわよ。」
ちわ「ごほごほっ・・なっちゃんは相変わらずだなー。・・・ごほっ・・・。」
くわ「・・・どう?咳は治まった?」
ちわ「ごほっ・・・・・・・うーん?とりあえず・・・かな?」
くわ「これでようやく、話せるようになったわね。」
ちわ「あははっ、そうだね。ところで、なっちゃん。今、時間はあるの?」
くわ「これからアフレコなんだけど、まだ時間があるから、少しなら平気よ。」
ちわ「そうなんだ。ふーん、やっぱり忙しいんだね・・・。」
くわ「・・・。」
ちわ「・・・。」
二人「とこでさ・・・。」
ちわ「あっ、なっちゃんからどうぞ。」
くわ「いや、千和ちゃんから・・・とやってると、間怠っこしいので、あたくしから。」
ちわ「ふふっ、なっちゃんらしいね。」
くわ「何よ!何か文句ある。」
ちわ「ううん、ぜーんぜん。」
くわ「なーんか引っかかるわね。まあ、いいわ。ところで千和ちゃん、風邪ひいてる?」
ちわ「うん、そうなんだ。面目ないです。」
くわ「別にあたしに謝ってもらっても・・・、どうしたの?」
ちわ「うん、イベント前に風邪ひいちゃったんだ。」
ちわ「少し良くなったんだけど、イベントで頑張ったら、何だかこじらせちゃったみたい。」
くわ「ええっ?千和ちゃん大丈夫?」
ちわ「うん、もう今は平気だよ。でもまだちょっと熱があるみたいけどね。」
くわ「ちょっと千和ちゃんさー、coopeeのときもそうだったけど、イベントの時に体調崩すわね。」
ちわ「うーん、そうなんだよねー。何でだろう、やっぱり緊張しちゃうのかな?」
くわ「でも、そんなんで、プロとしてどうよ?」
ちわ「うぅ・・・、それを言われますと・・・。」
くわ「まあ、あたしも風邪を長患いしたことあるから、人のこと言えないけどね。」
くわ「ところで、どんなイベントやったの?」
ちわ「声優Waveとアイムのファン感謝イベント。」
くわ「声優Waveって言うと、また例のアドリブ・・・?」
ちわ「えっ?あー「アドリブソング」の事?うん、もちろんやったよ。わたしのお題目は『アイドルの本音』だったけど。」
ちわ「なんせアドリブソングは、命削って情熱を注いでますから。」
くわ「はぁーっ!?なんだそりゃ?全く訳分かんないわね。」
ちわ「いいじゃないのっ!だって、なっちゃんは、ああいうの燃えない?」
くわ「いいえ、全然。」
ちわ「なんだよーっ!相変わらずなっちゃんは、冷めてるなー。」
ちわ「あー、でも・・・。」
くわ「何?どうしたの?」
ちわ「あの時、ノースリーブのブラウスで出ちゃったのが、いけなかったかな?」
くわ「なんでまた風邪の治りかけで、そんな薄い格好で出るかね?」
ちわ「えー、でも段の付いたティアードスカートに、コサージュ付けてみたら・・・」
ちわ「ママが『あら千和ちゃん、可愛いわねー。』って言ってくれたもん。」
ちわ「それに髪だって、後れ毛を三つ編みにしてみたのに・・・。」
くわ「・・・えっ?何それ、それって可憐ちゃんの髪型じゃない。」
ちわ「えへへっ、割とそうかも。わたしは2つに分けたけどね。」
くわ「・・・くくくっ、あーはっはっはっ!!お、面白すぎる。あはははっ・・・」
ちわ「なんだよ、なっちゃん。何でそんなに笑うんだよ、このやろーっ。」
くわ「くくくっ・・・、いや、そんな格好でアドリブソングを歌う千和ちゃん想像したら、ちょっとツボに入った。ははは・・・」
くわ「・・・あー腹いて、それはとにかく問題が全然違うってば。つーか格好が、完全に夏じゃん。」
ちわ「うーん、めーみちゃんみたいに、ニット着ていけばよかったかなー?」
くわ「秋なんだから、普通そういう格好でしょ。」
ちわ「あの時、めーみちゃん可愛い格好していたよなー。ブルーレーベルだったし。」
くわ「えっ!彼女そんないい服着ているの?」
ちわ「うん、その時は全部ブルーレーベル。ボトムもノバチェックのスカートが可愛かったよ。」
くわ「んまーっ、生意気ねっ!」
ちわ「・・・なっちゃん、今、思いっきりおばちゃん入ったよ。」
くわ「うるさいよ!・・・あー、でもいい服着てるなー。あたしも買おうかな?」
ちわ「あー、なっちゃんには無理。」
くわ「なっ・・・!いま滅茶苦茶失礼な事をサラッと言ったな、こんちくしょー。」
ちわ「まあ、抑えて抑えて。なっちゃんって、服のサイズいくつ?」
くわ「えーと、もっちーと一緒で、XSが悠々よ。」
ちわ「うわ、ちっちゃっ!いや、号数だといくつ?」
くわ「うーん、5号かな?場合によっては3号でも・・・あー、もう言わんとしてることが分かった。」
ちわ「そうなんだよ、あれってサイズが36からがほとんどだから。」
くわ「36・・・7号か・・・、ひょー、だめじゃんそれ。」
くわ「たぶん、子供が大人の服着てるみたいになるわ。」
ちわ「でもいいじゃない。なっちゃん、ちっちゃくて可愛いから、羨ましいよ。」
くわ「全然嬉しくありません。はぁ、わたしゃもう少し背が欲しいね。」
ちわ「そんなものかなー?」
くわ「もうそのことはいいわ。ところで千和ちゃん、イベントでは歌ったの?」
ちわ「え、あ・・・うん、声優Waveのオープニングとエンディングがあるから・・・。」
くわ「いや、そうじゃなくて、例の『びーぃちさんだるのおうじさま〜♪・・・』」
ちわ「やめて、やめて、それはやめて〜。」
ちわ「・・・触れられたくないから、黙っていたのに・・・」
くわ「で、歌ったの?」
ちわ「ああ、歌いましたよ!いつものところで間違えちゃいましたっ!」
くわ「なに、あの2番のところ?はははっ、だっせー。」
ちわ「なめんなーっ!だって、しょうがないじゃない。あそこ間違えやすいんだよ。」
くわ「はいはい、わかりました。まあ、歌はあたしも恥ずかしい思い出が多いから、これ以上触れるのは止めとくわ。」
ちわ「そっ、そうだよ。」
くわ「そう言えば、千和ちゃん『みっくすJUICE』って、どうなったの?」
ちわ「なっちゃん、また、歌の話じゃん・・・。」
くわ「あれ、そうか。あはは、ごめんね。」
ちわ「もう、いいよ。あれはソロじゃないから、あんまり恥ずかしくないし。」
くわ「すっごい理屈ね。人の事言えないけど。」
ちわ「放っといてよ、でも11月22日にファーストシングルが出るよ。」
くわ「へー、どんな感じの曲?」
ちわ「うーんと、ネオネオグループサウンド。」
くわ「はっ?ねおねお・・ぐるーぷ・・なに?」
ちわ「ネオネオグループサウンドだよ。」
ちわ「パパとかママとかが若かった頃に、グループサウンドってあったじゃない。」
くわ「あー、あったみたいね。その頃の曲をリメイクして歌う人もいるし。」
ちわ「そうそう、でね、80年代の終わり頃に、ネオグループサウンドが少し流行ったんだって。」
くわ「そっか、それの後だから、ネオネオな訳ね。」
ちわ「そうなの。だから、パパやママが聞いても、馴染むような感じの曲かな?」
くわ「なるほどね。幅広い層を狙っているのね。・・・って本当かよ?」
ちわ「うーん、まあそれは『大人の事情』で決まったことだから。」
くわ「まあ、色々あるよね。」
くわ「ぶっちゃけ、あたしらとしては、言われた通りに仕事するだけだから、どうでもいいんだけどさ。」
ちわ「なっちゃん、あんまりそういう事、他の人の前で話さないほうがいいよ。」
くわ「大丈夫よ。他ではいつも猫被ってますから。」
くわ「こんな事話すのは、千和ちゃんとか限られた人の前だけなのだよ。」
くわ「それだけ、千和ちゃんの事を信頼しているのだから、誇りに思って欲しいね。」
ちわ「えっ、そうなんだ。なっちゃん、ありがとう。へへへっ、なんだか嬉しいよ。」
くわ「はいはい、どういたしまして。ところでさ、ユニット自体の雰囲気はどうなの?」
ちわ「雰囲気?うん、やっぱりああいうのって、すっごく楽しいよね。」
ちわ「前になっちゃんが、Pritsの話を楽しそうにしてたの、改めて良く分かったよ。」
くわ「そう、分かるでしょ、分かるでしょ!ノリがさ、学生の時と一緒だよね。」
ちわ「そうそう、特にこの前、沖縄ロケに行ったときは修学旅行みたいだったもん。」
くわ「えーっ!?沖縄に行ったの?」
ちわ「あれ、前に『ロケで沖縄に行くんだー。』って言わなかったっけ?」
くわ「聞いてないわよ。・・・うわー、なにそれ感じ悪りー。」
ちわ「えー、なんでよ?」
くわ「あたしゃ、Pritsでロケに行ったことなんてないよ。」
ちわ「嘘!?そうなの?」
くわ「何かすっげー悔しい。Pritsで海外ロケにでも行かないかな?」
ちわ「それこそ『大人の事情』の人達に頼んでみれば。」
くわ「いつもお願いしてみてるけど、聞いちゃくれねーよ。・・・はははっ、まあ当たり前か。」
ちわ「でも年末にアルバム出るんでしょ。」
くわ「そうだけど、レコーディングがあるから気が重いよ。」
くわ「さっき千和ちゃんのこと笑ったけど、あたしもああいう場で歌うのは、ぶっちゃけ苦手なのですよ。」
くわ「でもカラオケとかは、好きなんだけどね。」
ちわ「それだったら、わたしだってそうだよ。」
くわ「あ、後ねぇ、Pritsに妹分が出来るのだよ。」
ちわ「えっ、えっ!?何それ、何それ?それこそ聞いてない。」
くわ「当たり前です。あたしだって、この前聞いたばっかりなんだから。」
ちわ「へー、もう誰か決まってるの?」
くわ「いんや、希望者を募集して、公開オーディションするのですよ。」
くわ「それで、今はまだ一次審査の段階。」
ちわ「でもアマチュアの人にとっては、夢みたいな話だよね。いきなりヒロイン役でデビュー出来るんだよ。」
ちわ「一応プロのわたし達だって、すっごく大変なのにね。」
くわ「あ、違うよ。」
ちわ「えーっ、オーディションに受かっても、ヒロイン役もらえないの?酷いなー。」
くわ「違う、違う、意味が違うのですよ、千和ちゃん。」
ちわ「え、なになに?」
くわ「今回のオーディションは、プロ、アマを問わず受け付けているのよ。」
ちわ「えーっ!?じゃあ、じゃあ、わたしが応募しても受け付けてくれるの?」
くわ「まあ22歳までって年齢制限はあるけど、千和ちゃんはとりあえず平気か。」
ちわ「そうか・・・、うん、分かった。わたし応募するよ、それに。」
くわ「ふーん、そう頑張ってね・・・。」
くわ「・・・えっ?はぁーっ!?ちょっと待て、千和ちゃん、今なんて言った?」
ちわ「だからぁー、わたしがそのオーディションに応募して、なっちゃん達の妹分になるの。」
ちわ「どう『ぐっどあいでぃあ』でしょ。」
くわ「なにが『ぐっどあいでぃあ』よ。つーか、もう受かる気でいるよこの子は。」
ちわ「いや、わたし、このオーディション、すっごく頑張っちゃうよ。」
くわ「大丈夫、受からないから。あたしが責任持って、千和ちゃんを落とす。」
ちわ「なめんなぁーっ!!第一、なっちゃんにはそんな権限無いはずだもんね。」
くわ「くっ、分かってるじゃないの。でも千和ちゃん「みっくすJUICE」の方はどうするのよ。」
ちわ「もちろん両立させるよ。わたし、本当にすっごく頑張るから。」
くわ「いや、絶対無理だって、そんなの。」
ちわ「やだーっ!やだーっ!なっちゃん達の妹分になるんだ、なるんだ!!」
くわ「千和ちゃん、悪いことは言わない、ぶっちゃけそんなの無理。」
ちわ「やだやだやだやだやだやだやだーっ!!なるなるなるなるなるなるなるーっ!!」
くわ「だーっ、お前は3歳児か!」
ちわ「やだーっ!!やっ・・ごほっごほっごほっ・・・。」
くわ「ほーら、言わんこっちゃ無い、また咳が出てきたじゃないの。」
ちわ「やだよーっ・・ごほっごほっ・・なっちゃん達の妹分になりたいよー・・ごほっ・・」
くわ「・・・あっ、千和ちゃんごめん、そろそろアフレコ始まるみたい。そうだ、千和ちゃん、風邪が治ったら今度一緒にご飯でも食べよ。」
ちわ「ちょっ・・ごほっごほっ・・待ってよ、なっちゃん・・ごほっごほっ・・・。」
くわ「だからとりあえず今は、大人しくて早く風邪を治しなさい。いい、わかった?じゃあねっ!」
桑谷は、際限なく繰り返されそうになった会話を打ち切るため、携帯を切る。
事実、アフレコのために、スタジオ入りを促されたので、あそこで中断せざるを得なかった。
くわ(あの子のことだから、本当に応募してきそうだな。)
くわ(まあ、彼女の事務所が止めさせるとは思うけど・・・。)
くわ(でも公録に出てもらうのは、結構面白いかもね。)
その様な事を考えながら、桑谷はスタジオのドアをくぐる。
一方、斎藤は、と言えば、大声を出していたため、階下の千和ママの知るところとなる。
むせ込んでいたのを介抱されて、再び寝かしつけられたのだが、当然ながら、枕元では
千和ママのお説教が始まっていた。
千和ママ「千和ちゃん、もうあなたも二十歳を過ぎたお姉さんなんだから・・・」
そのお説教に神妙な面持ちで、「うん、うん」と相槌を打ってはいたが、頭の中ではオー
ディションへの思いを馳せる、斎藤であった。
(おわり)