陽だまりのホーム、手を振った美香が列車の窓からだんだん小さくなる。
知らない世界におびえているわたしは、生まれたばかりの旅人みたいで。
今までの15年の人生を過ごした、想い出のつまった街が次第に遠ざかる。
街が見えなくなって法皇山脈が右から迫ってきても、まだわたしは列車の後方を見つめていた。
世間から見れば早すぎるかもしれない上京の途、列車は燧灘の海岸線を東に向かって駆ける。
観音寺を過ぎるあたりから窓外の影は長く伸び、景色は赤黄色に変わる。
昔からずっと歌手になりたいと思って、努力してきた。
地元ではわたしはそこそこ名が知られていたし、それで随分いい思いもしてきたけれど
これから訪れる街でわたしを知る人間は誰一人いないだろう。
それでも、今目の前にあるメジャーへのチャンス、それをみすみす逃す手はない。
もちろん不安はいっぱいあったけど、両親も友人たちも東京行きを強く勧めてくれたから。
讃岐平野の放棄された塩田が白から淡い茶色へと光を替えて、今日の日の終わりを告げようとすること
列車も宇多津を過ぎて、四国に別れを告げようとしていた。
夕照の瀬戸内海を眺めながら、深紅と黒い緑のコントラストの瀬戸大橋を渡り、とうとう四国の大地は後ろに去って
空は朱から紺、建物はシルエットからやがて走馬灯。
すっかり夜の帳が下りた岡山駅に列車は停まる。半年前のあの日、この街で開かれた歌謡コンテスト、そこでわたしは優勝し
先生にスカウトされて本格的にプロの道を目指すことになったのだ。
両親の一度きりの人生だから、冒険してみなさいという言葉に押されてわたしは挑戦する方の選択をした。
自分のNewsensationのPOWERGATEを開くために。
あの日から私の運命の歯車は激しく回転し始めて、それでもみんなの後押しがあって・・・
岡山の郊外に出でて街の灯が後ろに立ち去ると船坂峠の登り、闇の海に列車は挑んでいく。
ゴオゴオとモーターが回転を上げている。東へ行け暗い道を。
ガラスに映ったわたしの顔を見る、小さな勇気がだんだん大きくなる。
遠く離れても、みんながいなくても心配しないでわたしは東京でがんばれるから、だから美香も強く生きて。
毎日のようにけんかしてたのに、いざ離れてしまうとなるとやはりさびしいものだ。
いつも日のあたる場所にいたわたしに対して、少なからぬコンプレックスもあっただろう。
そんな美香ではあったが、それでも昨日の夜は私の部屋にやってきてずっと泣いていた。
みか「わたし、お姉ちゃんがいなくなったら・・・・・・」
なな「美香はもう一人で生きていけるし、それにいままで歌手としてやってこれたのも家族みんなの支えがあったから」
みか「でも、お姉ちゃんがいてくれたから・・・こんな性格のわたしでもクラスのみんなは優しくしてくれたし・・
なな「姉妹はいつの日か別々の道を歩かなくちゃいけないの。ね。美香。
みか「お姉ちゃん・・・・・・・・・・・・・・」
わたしは美香の小さな顔を抱えて、微かな吐息と流れる涙を感じていた。
ぽつぽつと蛍の光が瞬く、播州平野を快走してきた列車だったが
明石の駅でかなり長いこと歩みを止めた。これ以上先へ進むことを躊躇うように。
それでも、歩き始めた夢の矢は舷灯が動く須磨の浦の海岸線を滑っていく。
長田のあたりまで来るとナイフで切り取ったように光のない荒野が広がる。
このあたりは先日の震災で一番被害が大きかったところなのでまだ電気の供給が回復していないのだろう。
あの日のことは私にとっては、ディスプレイの向こう側の出来事だったけれど、ここから見ると
その生々しさが私の顔につかみかかってくるようだ
それでも三ノ宮の駅は明かりがあったがホームには大荷物を抱えた人たちでごった返していた
震災で荒廃した神戸を捨てて、どこかの街へ行こうという人々なのだろう。
今わたしは自分の夢に向かうためこの列車に乗っているが、ここから乗り込む人はそうではない。
みんな生きるために長距離列車に身を託している。
・・・・・こういうことができるだけでもわたしは十分幸せなのかもしれない。
少なくとも駅前の風景は、私の知る3年前のそれではない。あのとき夜空に競うように輝いたネオンサインはなく
僅かにぽつぽつと瞬く常夜灯と、仮設住宅の灯だけが光源の全ての駅前だ。
それでも黒の絵の具で塗りつぶされていないのは街がどうにか街であるから。
寝台に備え付けてあるオーディオラジオのダイヤルを廻して放送に耳を傾ける。
どの局も緊迫した空気の臨時放送ばかりであったが、その中ただ一局、558のチューンで聞こえてきた放送局だけは
パーソナリティが音楽を流す通常進行と思われる番組だった。
―林原めぐみのHeartfullStation、番組のコールに続いて流れる軽快な音楽
小気味よい口調で進行するパーソナリティの様子からは、事のなんであるかを理解している様子がさっぱりない。
事態がこういうときにこんなことをやってて許されるのだろうか?
♪がんばって〜昨日よりもっとがんばって〜
♪夢は息を潜め〜今出番をまっている〜
過半はMc本人の楽曲のようである。こいつはそこまでして自分の曲を流したいのだろうか。
演歌ばかり歌ってきたわたしにとってこういう曲はなんとも軽薄な感じがして、好きになれない。
特にここで流れているものはなぜこうも画一的な歌詞、英語詩の多用という手抜きの作詞と作曲の多いこと。
もしわたしがこんな楽曲を渡されたら、作家を怒鳴りつけているだろう。
大体この種のポップスというのは不十分な声量でも、そこそこ上手く歌えてしまうものであって、それが少し上手いからといって
本格派とか実力派のアーティストなどというのは全くふざけた話だと思う。
それでも状況が状況なだけに歌声が異常な重みを帯びてわたしの耳に届いている。
少なくともあの震災のとき、わたしの街はコンビニから週刊誌がなくなったことくらいしか実感はなかったから。
俄かに睡魔に襲われ時計の針も深夜の範疇に入ってきたので寝台に身を横たえる。
西宮ではまだ朦朧とした意識があったが、尼崎はもう夢の中・・・・・・・