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今夜の番組チェック

 

 

気が付くと、列車は昨夜と何も変わる様子もなく淡々と走り、カーテンの隙間を通して光が差してきている。
由衣のあたりかと思い、カーテンを開けると明星から金時に続く稜線が後ろに立ち去り
朝凪が解けて、相模灘からの海風が東海道の松並木の梢を湘南平の方に靡かせている。
あたらしい人生行路のはじまりに相応しい爽やかな朝だ。
 列車は「ふじさわ」と駅名票に書かれてた大きな駅を通過していく。
ホームに立錐の余地もないほど人が溢れ、駅前には幾層にも折り重なるような商業施設の林立。
その様子に圧倒され、何よりも松山駅より立派なこの駅を通過してしまうことが驚きだった。
名前さえ知らないような所だというのに、ここは一体どんな街なのか。

 目覚めの気分をはっきりさせるため、澱んだ空気の寝台車から、隣の車両のラウンジに席を移し
紅茶を啜っているうちに線路は切通しとトンネルの交錯を行く。
山の上のほうにまで住宅が手を伸ばしているさまは、市街の民家でさえ空き家だらけだった地元の街との違いをわからせてくれる。
 わたしは横浜という駅が本当にあることなのだと、ぼんやり窓外を眺めていた。
湘南電車を待つ人でごった返すホームからわたしの列車に羨ましげな視線が送られていて、悪い気分ではない。
ラウンジから自分の寝台に戻ると、コンパートメントに横浜から乗ったであろう相客がいた。
夜が明けてからの駅で寝台車に乗り込む贅沢な客がいるのかと不審におもうし、そういう風体にも見えない。
よれよれの白の短いスカートは汚れで黒に近くなり、ジャケットの裾は擦り切れている。
少なくとも一週間以上は着替えもしていないようだ。
そう考えるとますます人となりが判らない。小学校高学年くらいのこの少女に訊ねてみた。

水「どこまで行くの?」
望「東京まで」
水「わざわざ横浜から寝台車に乗るの?」
望「どうせ空いてるんだから乗ってもいいでしょ」
水「小学生なの?」
望「高校2年、こんど3年」
Σ(゜д゜lll)えっ!?わたしより2つ上?どう見てもせいぜい中学1年なのに・・・・
水「名前はなんていうの?」
望「わたしは望月、望月久代」

 横浜を離れると幾条ものレールが平行し、その上を何両繋いでいるかもわからないような
長い列車が行きかう。そしてこの列車を例外として、すべてが人間の瓶詰のようなさまになっている。
・・・・すごいところだな。これからわたしの生きる場所はこんなところなのか。
それでもここを幸せの咲く場所にしなくては、この列車の人になった意味はないのだと自分の心に問いかけていた。
 速度は相当に出ているが向こう側の線路の、深紅に白い帯をまとった長い列車もわたしたちに追いすがっている。
 右側にはびっしりと積木を並べたように民家が連なり、その向こうに工場の煙突が霞んでいる。
それ自体は故郷の街で見るのと同じでも、その間を高速道路の高架が横切り、空の色は青と白がよりはっきりしている。
 目の前の少女はやおら、ぼろぼろのブラウスのポケットからライターを取り出し紫煙をくゆらせながら話し始めた。

望「最近学校に行ってないから、親と毎日ケンカしてて」
望「それでムカつくから先週の金曜から家出したの」
水「夜はどこで?」
望「友達の家に泊めてもらったり、駅で寝たり・・・・」
わたしには絶対そんなことできないな(-_-;)
水「で、なんで学校に行きたくないの?」
望「いってもつまらないし,先生ともうまくいかないから」
水「それだけの理由で?」
望「今の高校だって、本当に行きたいところじゃなかった・・・」
水「じゃあなんで受験したの?本当に行きたくて行けなかった人もいるのよ」
望「別に、親がどっかの高校には行けって言ってたから受けただけだし。望月は本当は看護婦さんか声優さんになりたいの。」
水「で、あなたにそれだけの能力はあるの?」
望「そんなの関係ないでしょ。わたしがなりたければそれでいいの!」

 あまりの望月の態度の悪さにわたしもとうとう手を上げてしまった。
少なくともこいつの人生と社会をナメ切った態度が許せなかった。
望月の髪をつかみ、テーブルの下の栓抜きに思いっきり顔を叩きつけ、煙草を取り上げて
火種のある先端を望月の顔面に押し当てた。
水「あなたよりずっと苦労してる人も、努力してる人もいっぱいいるのよ!」
水「あんたみたいなのは、生きてるとはいえないのよ!」
望「ごめんなさい、ごめんなさい」


望月は顔面に血を流し、引き裂かれたジャケットを必死でおさえつけながら
わたしの顔を恐怖に戦いた眼差しで見上げている。
このくらい痛い目を見せればとりあえずいいだろうと思い、解放してやった

品川を過ぎ、摩天楼に囲まれた広大なストレートを速度を落とした列車は長い旅路の終焉を見据えたかのようにゆっくりと進む。
駅名表示板にたしかに踊る「東京」の文字。ああ、とうとう来てしまったという思いに駆られているが、
明日からの激動はそんな思いに浸る余裕さえないのだろう。
 短パンのポケットから取り出した、紙切れを頼りにどうしようもない人の流れに抗してたどりついた、
待ち合わせの場所である動輪の広場でしばらく佇んで、戦場の雑踏をぼんやりと私は眺めていた。
・・・・・まずは地下鉄で中野坂上まで行って、高校の入学手続きをするのね。

先生遅いな・・・・・・と、そのとき地下鉄に続く通路の奥から騒がしい声がこだましてきた。
階段を駆け上がってくる、救命隊員の表情からは事態のただならぬことが察せられる。
担架で多くの人が運ばれ、改札の方から阿鼻叫喚の罵声がこだましている。
大変なことになったと、わたしは支柱にしがみついて震えていた。
 そこにようやく少し緊張した面持ちの先生が現れた。
わたしは先生にすがりつくように身を寄せた。
「今日は地下鉄が物騒なことになっているのでタクシーにしよう」
先生の言葉に促されるように、わたしたちは丸ビルの前からタクシーに乗り込んだ。
車は重苦しい空気の官庁街を四谷見附へ泳いでいった。