もっちーとあたしの関係を表現すれば、
友情とか信頼という言葉が適当かもしれない。
あたし達は偶然にも同い年だったし、
シスプリという一緒の仕事を続けてきた所為もある。
色いろ馬鹿なこともやってきたけど、
それは友達同士だから出来たことなんだと思う。
もっちーと奈々ちゃんの関係はどうなんだろう。
奈々ちゃんは歌も上手いし作詞の勉強だってしている。
本人の才能も有るがそれ以上に努力家だ。
その何れもあたしには欠けている資質であることは分かっている。
そんな奈々ちゃんはもっちーにとって憧れ、尊敬の対象になっている。
でも何時かはその感情がもっと特別な感情に変わってしまうかもしれない。
その時もっちーはあたしから離れていってしまうのだろう。
勿論それは奈々ちゃんに対してだけでなく由美子ちゃんにもいえる事なのだ。
それならあたしと奈々ちゃんは?
正直あたしは奈々ちゃんに厭な感情を抱いている。
あたしはそれが嫉妬や羨望であると知っていながら。
自分の弱さや狡さを棚に上げて………
そんな取り留めもないことを一晩中ずっと考えていた。
部屋の外では小鳥の囀りが聞こえ、遠くに新聞配達のバイクの音がしていた。
既に時計の針は5時半を少しまわったところを指していた。
空が少しずつ明るくなっているのがカーテン越しにも分かった。
桑「もう朝か…今日も寝ないで過ごしちゃったわね」
もっちーがサイパンロケに出かけて2日目が過ぎていた。
桑「向こうは6時半頃かな。もっちー、もう起きてるかしら」
たった2日声が聞けないだけだったが、あたしにはそれが絶えられなかった。
桑「聞きたいな…もっちーの声…今頃どうしてるのかしら……」
その時、不意にあたしの携帯電話が鳴った。
桑「もっちー…」
あたしは短く声を発すると机の上に置いていた携帯電話を取った。
桑「もしもし、もっちー?」
水「え?もしもし、なっちゃん。奈々です。水樹です」
過密なスケジュールで電話なんか出来っこない、分かっている筈だった。
桑「あ…奈々ちゃん……ごめんね、おはよう」
水「おはよう。やだ、どうしたの、なっちゃん。誰かと間違えたの」
桑「え…えーと…何でもないのよ、何でも」
水「そうなの」
桑「それよりどうしたの、こんな朝早くから」
水「なっちゃんが起きていると思ったから」
桑「え?」
あたしは思わず奈々ちゃんに聞き返した。
水「なっちゃん、今日も寝てないんでしょ」
桑「奈々ちゃん、よく分かったわね」
電話の向こうで奈々ちゃんが笑いながら答える。
水「なっちゃんの事なら分かるわよ、もっちーのこと考えてたんじゃないの」
それは図星だ。あたしは返答に困った。
水「私、今日は早く起きたの」
水「普段なら、なっちゃんから3時とか5時にメールが来てるじゃない」
水「それが昨日に続いて今日も無いから、どうしたのかなって思ったわ」
水「思い当たる節っていったら、もっちーが昨日からロケに行った事ぐらいでしょ」
水「なっちゃん、寂しくて落ち込んでるんじゃないのかなって」
桑「そんな、もっちーがいないから寂しいだなんて、奈々ちゃん冗談は止めてよ」
何故か奈々ちゃんに心の中を見透かされている。
そう思ったあたしは向きになって奈々ちゃんに反論していた。
水「そう向きにならないでよ」
桑「向きになんかなっていないじゃない」
語気が荒く、そして早口になってしまう。
水「分かった、分かったから」
奈々ちゃんが溜息混じりに話す。
桑「それで、今朝は何の用なのよ?」
ぶっきらぼうにあたしは尋ねた。
水「あ、そうだった。なっちゃん、今日は暇?」
唐突な問い掛けだった。
桑「あ、あたし?あたしはオフだけど」
水「私も今日はお休みなの」
桑「そう」
水「うん。それでね、一緒に買い物に行こうかなって誘ったの」
桑「あたしと?」
水「もっちーじゃないのが不満かもしれないけど、たまには私でもいいでしょ?」
桑「だから、どうしてもっちーが…」
そこまで言うとあたしは奈々ちゃんに言葉を遮られた。
水「なっちゃん、もっちーは関係無いって言いたいんでしょ」
桑「う、うん…」
水「それなら私に付合ってもらえるよね」
桑「別に、あたしは構わないけど」
水「それなら決まりね。集合場所は何処にする?」
桑「何処だっていいんじゃない。奈々ちゃんは何処がいいの?」
水「なっちゃんは何処で買い物することが多いの?」
桑「渋谷…かな?」
水「うん、渋谷ね、分かった。それじゃ時間は?」
桑「昼前ならどう?」
水「11時半ぐらいでいいかしら。それじゃ駅に着いたら電話するね」
桑「そうね」
水「なっちゃん、乗り気じゃ無いみたいね。やっぱり…」
桑「やっぱりって何よ」
水「何でもない。それじゃ、また後でね」
桑「あ、奈々ちゃん、な…」
既に奈々ちゃんからの電話は切れていた。
桑「それにしても今日に限って一体…」
あたしは奈々ちゃんからの誘いに戸惑いを覚えた。
水「もっちーは関係無いんでしょ」
奈々ちゃんが言ったその言葉があたしの心を締め付けていた。
桑「本当は関係無いはずなんかないじゃない…」
誰に聞かせるわけでもなくあたしはベッドの上で呟いた。
奈々ちゃんと約束の時間が近づいていた。
結局あたしは電話の後に一睡も出来ずにいた。
眠れなかったこと自体は特段苦にはならなかったが、
奈々ちゃんの言葉を心の中でずっと思い出していた。
桑「はぁ…あんまり乗り気じゃないけど、仕方ないから行ってこようかしら」
家の中はというと、既に家族はそれぞれに外出しており、
あたしだけが独り残されている状態だった。
あたしは自分に言い聞かせるようにして着替えると、
何気なしにお気に入りのオー・デ・トワレを身に着けて家を出た。
そのトワレはもっちーといつも一緒にいるときに着けているものだった。
望「あれ……?なっちゃん、留守なのかな…」
もっちーのその日の撮影は順調に進んでおり、
現地の時間でお昼位には午前中の撮影が終わっていたそうだ。
ス「それじゃ、休憩にします。午後の撮影は1時半からです」
スタッフさんの指示は午後の撮影も予定通りの時間を告げていたのだという。
望「はーい」
ス「あれ?望月さん、何処に行かれるんですか?」
望「望月、ちょっと電話したいんで部屋に戻りますね」
ス「ご自宅に国際電話ですか?」
望「え?あ…そ、そうです。たまには家に…」
ス「そうでうよね。あ、時間通りにはお願いします」
望「はい。分かりました」
もっちーは辿々しい英語を話してフロントから部屋の鍵を借りると
慣れない方法でコレクトコールをかけたのだろう。
桑「ごめんね、お待たせ、奈々ちゃん」
奈「あ、ううん。こっちこそ急に誘っちゃったりしてごめんね」
その時のあたしにはもっちーから電話があることなど知る由も無かった。
無人となったあたしの家ではもっちーからかかってきた筈の
電話の呼び出し音が鳴り響いていた。
望「…なっちゃん、出ないな……」
あたしの家で無情に響く電話の音。
望「仕事なのかな?でも、こっちに来る前はオフって言ってたんだけどな」
もっちーは自分のスケジュール帳を確認したのだという。
そこにはもっちー自身の予定が書いてあるのは勿論、
あたしの予定も簡単にだが書かれていたらしい。
望「仕方ないな…そうだ、手紙出してみようかな」
もっちーはあたしへのお土産にと買っていた葉書を取り出すと、
徐に字を書き始めたのだった。
望「『From 久代』…と。うん、これでよしっと」
ス「望月さん、そろそろ…」
望「はい、今行きます」
もっちーは結局、休憩時間の大半をあたしへの手紙に費やしたそうで、
その日のランチにはありつけなかったようだった。
望「なっちゃん、驚くだろうな…」
あたしがもっちーが出した手紙を受け取ったのは、
もっちーが帰国してから更に数日が過ぎてのことだった。
奈々ちゃんとの待ち合わせのために渋谷駅で電車を降りたあたしは
人の波に流されるように改札口へと向かっていた。
あたしには何故か周りにいる女の子達がみんな楽しそうに見えた。
桑「今日に限ってどうしてそんなこと思うんだろう…」
そう思いながら行き交う人の顔を眺めてしまう。
桑「それで、今日は何処のお店に行くの?」
水「着いてすぐにお買い物?ちょっと待ってよ、なっちゃん」
桑「どうして?それが目的でしょ?」
あたし、奈々ちゃんに事務的に答えてる。
これじゃ奈々ちゃんじゃなくても厭な気分になる。
水「折角だから食事でもしない?」
でも奈々ちゃんは何事もなかったかように聞いてきた。
桑「え?あ、ああ、食事ね食事。そうだよね、丁度お昼だし」
水「うん。私、この辺に美味しいお店があるって教えてもらったんだ」
桑「へぇ、そうなんだ。奈々ちゃんお薦めのお店に行ってみようよ」
実はあたしもこの辺に美味しいお店を知っていた。
そこはあたしが見付けた隠れ家的なお店。
そしてもっちーを誘ってよく来るお店だった。
水「えっと…この辺かな……」
よく見知った街並み。
通い慣れた所為かもしれない。
桑「なーんだ、奈々ちゃん、お店知らないんじゃん」
水「うーん、私も連れて来てもらったことしかないからね…」
あたしはその言葉に胸が詰まされそうになった。
桑「奈々ちゃん、だ、誰に…」
水「あー、あった。なっちゃん、此処だ、ここ」
桑「………」
奈々ちゃんが指したお店、それはあたしの…
桑「ほら、もっちー、此処よ、ここ」
望「えー、なっちゃん、こんなお店知ってるんだ、すっごーい」
あたしはもっちーに美味しいお店を知ってもらいたいだけだった。
彼女がそれで喜んでくれれば嬉しかったから。
あたしはそれで十分だと思っていた。
桑「奈々ちゃん、此処って…」
水「あ、なっちゃん、やっぱ知ってた?」
桑「え?いや…うーん」
あたしは思わず口ごもってしまう。
水「私も美味しいって紹介されたんだ」
奈々ちゃんはそう言うと屈託なく笑う。
桑「……」
あたしは「誰に?」と聞き返したくなる衝動を抑えた。
答えは分かっているから。
奈々ちゃんが教えてもらったという人。
多分それはもっちーに他ならない。
水「ほら、なっちゃん、入り口に立ってないで入りましょ」
桑「う、うん…」
水「ここのお店って、そんなに高くないんだよ」
桑「ふーん…そうなんだ」
水「雰囲気だって結構気に入ってるんだ」
桑「…」
水「なっちゃんもこういったお店の雰囲気って好きでしょ?」
桑「ま、まあね…」
水「実はこのお店ね、もっちーに紹介されたんだ」
やっぱり…それでもあたしは驚いたふりをした。
それが奈々ちゃんのためかもっちーのためかは自分でも分からなかった。
桑「へぇ、もっちーのね」
水「もっちーがこんな洒落たお店知ってたなんて意外だよね」
それは決して意外な事なんかじゃない。
奈々ちゃんがもっちーの事を知らないだけなのだ。
桑「そうだよね、あのもっちーがね」
あたしは笑って奈々ちゃんに相槌を打った。
自分の気持ちとは違う方向のまま。
それからあたしと奈々ちゃんはメニューからランチを選んだ。
テーブルには次々と料理が並べられそれを順々に食べていった。
普段なら美味しく感じられる料理もそれらを挟んで楽しく弾む会話も、
その時のあたしには無味なものにしか思えなかった。
ただ時間だけが漫然と過ぎていくだけだった。