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月明かりのない夜、桜の花は白く何かに照らし出されているようだった。
わたしはそんな桜の樹の下で独りあの人を待っていた。

望「なっちゃん、遅いな…」
わたしには何時からその場所にいるのか分からなかったし、
それが何処の場所なのかも分からなかった。
ただなっちゃんを待っていることしか憶えていなかった。

わたしはぼんやりと桜の花を見上げていた。
その時だった。
大きな風が吹き桜の枝を揺らした。
大風に揺らされた桜の枝は風下へと花を散らせていった。
望「花吹雪…」
風に揺られて散っていく花弁はまるで粉雪のように儚く、
見ていると胸が締め付けられるようだった。

そんな時、不意にわたしの背後から声が聞こえた。
桑「もっちー…」
望「あ、なっちゃん。遅かったね」
桑「うん…」
なっちゃんはそれだけ言うとわたしから目を逸らした。
望「どうしたの、なっちゃん」
わたしは不安になり声を掛けた。
桑「あ、あのね、もっちー…」
望「うん?」
桑「あたし達、別れましょうか………」

望「えっ?」
桑「………」
望「ちょと待って、なっちゃん、なっちゃんてばぁ…」
その人はわたしを振り返らずに闇の中へと消えていった。
わたしは必死に手を伸ばして捉えられるはずもない姿を捉えようとしていた。

望「はっ……」
ピピピピ…ピピピピ…ピピピピ…
望「な、何の音…」
わたしは自分の置かれている状況を把握するまでに暫くの時間を有した。
望「あ…目覚まし…朝なんだ……」
わたしの枕元で目覚まし時計が時を告げていた。
望「なっちゃん……」
わたしは居る筈のないなっちゃんの姿を半分空いたベッドに見ていた。
望「今日はなっちゃん、泊まりに来てくれるのかな」

なっちゃんは収録がある日に泊まりに来てくれていた。
今日はまさにその日だった。

なっちゃんはいつも、
桑「あたしは、自宅に帰るのが面倒だからもっちーの家に泊まるんだ」
なんてわたしに言っていたけど、奈々ちゃんとかには、
桑「もっちーが独りで居ると寂しそうだから」
って話していたらしい。
わたしは、なっちゃんの優しさが嬉しかった。

なのに…
望「どうしてあんな夢、見ちゃったんだろう…」
その時のわたしは、その後に起こる出来事を想像する筈もなかった。

 

 

収録の時間はわたしの悩みを解決するまで待っていてはくれない。
わたしはゆっくりとした足取りでベッドから離れ、独りで着替えをした。
望「逢ったら、何て話をしよう…」
その日のわたしは衣装やメイクにもあまり気が乗らなかった。
望「………」
鏡に映ったわたしの顔はいつもより不細工に思えて仕方がなかった。
望「こんな顔じゃ、なっちゃんに逢えないよ…」
ただでさえコンプレックスがあるのに、夢見の悪さが追い打ちをかける。
そんな時、わたしの携帯にメールが届いた。
望「なっちゃん?」
わたしは急いでポーチから携帯を取り出した。
望「…なーんだ、マネージャーさんか…」
それは収録に遅れないように、とのマネージャーさんからのメールだった。
望「はぁ…でも仕方ないな。時間ないし、出よう…」
深い溜息をつくとわたしは仕方なく部屋を後にした。

望「なっちゃんに逢えば、きっと大丈夫だから。きっと…」
わたしはそう自分に言い聞かせた。
そう自分に言い聞かせないと、自分でなくなってしまうように思ったから。

部屋からスタジオまでの道のりがひどく長く感じられた。
マネージャーさんとはスタジオで会う手筈になっていたし、
それは勿論、なっちゃんとも同じだった。

いつもと同じスタジオで同じスタッフさん居て、
いつもと同じようになっちゃんと一緒に番組を作る。
そう信じて違わなかった。

だから挨拶はしっかりしようと思った。
なっちゃんやスタッフさんに不快な思いをさせたくないし、
何より自分の厭な気分をリセットしたかったから。
望「おはようござ…」
でも、わたしはそこまで挨拶すると言葉を失ってしまった。
望「………」
その日のスタジオは、いつもと雰囲気が違っていた。
少なくともわたしはそう感じた。

桑「あ、おはよう、もっちー」
いつもの席で台本を見ていたなっちゃんが顔をあげる。
いつもと同じ、なっちゃんの笑顔。
望「うん、おはよう」
桑「ちょっと、もっちーさん、遅刻じゃなくて?」
なっちゃんは笑いながら話しかける。
望「えへへっ、ゴメンね」
わたしも笑いながらなっちゃんの席の向かい側に座る、
番組中ずっとなっちゃんの顔を見ていられるようにと。

でも、その日はやはり違っていた。
わたしの席に先客がいたからだ。
それは奈々ちゃんでも由美子ちゃんでもない他人だった。

(つづく)