暗転の閃光、明転の回帰・・・興奮と熱狂の跡。
日常の現実へ引き戻されてしまった人々。
しかし多くの観衆の表情には満足感が漂っている。
どんなことがあっても、客を満足させるだけのライブができる・・・・
そんな彼女、水樹奈々にわたしが劣等感を抱くようになったのはいつからか。
ステージの上の彼女は遠くに行ってしまったのか・・
それでも楽屋に私たちが顔を見せれば、わたしのことを笑顔で迎えてくれる
水「ありがとう・・・関係者の招待でもPritsのみんなだけはいつも来てくれるから・・・」
望「美里ちゃんとか環ちゃんとかは?」
水「みんな以外は私のことわかってくれないし・・・」
そのとき奈々の冷たい瞳に少し光るものが浮かんでいた。
寒風と漆黒の日常の空間に引き戻された人々。
少し寂しげな背中の隊列が終夜運転の鉄道駅に吸われるの尻目に、私たちは
満車の駐車場の隅に停めてあった愛車のエンジンをふかし、場外の車列に加わる。
最初の交差点を過ぎれば、交通は分散し、新年の闇に沈む街に車は少ない。
湾岸千葉から高速に入れば、闇を裂く水銀灯の放列にぼんやりやがてくっきり浮かぶ。
行路はすぐに瀕海を外れ山岳地帯へ、元日の未明、交通は少なく、
6車線のストレートは疎らな車列、ただ光るために光る橙色灯。
なぜこんな無駄なものが必要なのかと思う。
山岳区間といっても、東関道ならトップギアのままで充分走れ
四街道から佐倉へ、直線と緩いカーブのコースなら130km超くらいでの巡航などどうということではない。
桑「ねぇ、もっちー」
望「ん、夏子何か?」
桑「奈々ちゃんにわたしたちもっとはっきり言ってあげたほうがいいんじゃない」
望「何を?」
桑「わかってるでしょ、奈々ちゃんの周囲からの評判・・・あれじゃ今度のライブだって協力してくれるスタッフがいるかどうか」
望「だって奈々ちゃんはわたしたちよりかわいいし、
桑「そんなこといったってあんな性格じゃ、誰からも相手にしてもらえなくて当然でしょ!」
望「なっちゃん、
桑「わたしは奈々ちゃんが好きだから心配してるの、このままじゃ・・・・」
望「それは望月もわかるけど、でも・・・・・・・」
桑「だったらやっぱり言うべきじゃないの?それが奈々ちゃんの今後のためにもなるんだし」
望「そうだけど・・・、でも言ったからって奈々ちゃんが変わるかな、私達が最後まで見捨てない方がいいんじゃないかな?」
桑「・・・・・・・・・・・・・・・・」
運転席のわたしと助手席の夏子の間の乾いた空気が次第に冷たくなるのを感じ
私は夏子と言葉を交わすのをやめた。
成田を過ぎるとストレートは4車線になり、あの眩しいだけの光の首飾りも姿を消す。
行きかう車はますます少なく、前照灯を上向きに切り替えるが前方車線に目標物はなし。
佐原のPAはトイレの設備しかなく、車両もわたしたちのアルト以外に停まっていなかった。
周囲は無人に近い山林と荒野、存在自体が無力な人工物などその虚しさが募るだけか。
高速道路が尽きて走る下道、夜色が彩ることなどないであろう
市街の暗さに新春の慶びなど微塵もないかの町は冷たく寝息微か。
もともと茨城の鹿行は茫洋という言葉が非常に似合う地域なのだが、闇に覆われるとそれが虚無に転化するというのがよくわかる。
埋立地が尽きると眼前には黒い海、肌色の陸。
そこは砂丘が延々と続き、外海の荒波が砕ける淋しい海岸だった。
明かりはなにもない、僅かな近景を除き黒い絵の具で塗りつぶした景色。
風が冷たい。ライブ会場の熱気にあわせた、殆ど下着だけに近い格好では当然ながら寒い。
望「夏子、悪いが上着貸してくれ」
そう言い終わらぬうちに夏子のコートを強引に取り上げて羽織る。
下着の上に化繊のコートは妙な感触だ。