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 春の夜風は頬に心地よく、歩く径に先ほどの通り雨の湿りが街路灯を乱反射している。
いつもより遅い時間のアフレコを終えたわたしたちは、紅葉丘からの坂を下ってきて長者町を右往左往。
相棒のしゅびっちともども歓楽街を逍遥しながら居酒屋を梯子するほどの酒豪ではないし、
今日は朝から何も口にしていいないので極度の空腹でもある。
早く適当な店を見つけてしまおうと、大岡川の畔を行ったりきたり。
帷子川はドブ川だが大岡川の水は澄んでいて、川面にはミズシマシも飛び交っている。

小「堀江がトチったせいでアフレコが思いっきり長引いたぜ」
桑「野毛のスタジオのADはハサミの技術がないから仕方ないわ」
小「そうじゃなくてNG出した堀江の責任だろ!大体あいつ自分が一番人気あるからって、態度悪いんだよ!」
桑「そんなのうちでは常識じゃない・・・」
小『「あなたは私が悪いっていいますけど、ファンの方は私が正しいってみんな言うから
私が正しくて、あなたが間違っているんです!私に謝って下さい!」ってなあ』
桑「ホントなんでファンはあんなのがいいんだろ?」
小「どっちにしてもファンを味方につけたほうが勝ちってことか」
桑「そういえば、こないだも代々木のカフェで田村とシスプリ共演者の悪口を・・・・」
桑「なんで私達が敵視されるんだろ?」
小「うちでもあいつと椎名だけは専属のマネージャがつく待遇だしね」
それでいてうちのマネージャはたった14人である。当然、全員に手が回るわけがないのだ。。]

 伊勢佐木の電車道までやってくると人も車も多くなり、裏通りの静寂とは打って変わって街も華やかだ。
街角を電飾を纏った路面電車がゆっくりと横切っていく。
車体には「長い間のご利用ありがとうございました」と書かれた看板。
路傍には三脚の放列が敷かれてストロボの光の矢が放たれ、誰が呼びかけたか蛍の光を合唱する集団もある。
停留所の乗客の中には、運転手に花束をすすめ手拭を目にやる姿も。

桑「ここもなくなっちゃうのね」
小「ああ」
桑「さびしくなるね」
小「代わりに地下鉄を造るって約束みたいだけどな」

しばしそんな会話を交わしたが、さすがに相方のしゅびっちも限界の様子なので
適当にそれなりのの店構えの寿司屋に河岸を決めた。

くぐった暖簾の引き戸を少し開けるとカウンターに先客が数組。
座敷は空いているようだ。どこかで見たような後ろ姿と、新聞を広げた女子高生風の客
それに30くらいの少女と呼ぶには歳の行き過ぎた板前が話し込んでいた。

客 「タケブエは54`だから目黒勝てたんだろうな」
今 「ダイシンボルガードのほうが強いだろ」
板 「やっぱアカネテンリュウですよ」
今 「アポスピードは?」
客 「去年のクモハタ記念なあ、まあ加賀の騎乗ミスだろうが・・」
今 「それでも、リキエイカンに0秒1差の実力はかなりのものだけどな」
客 「アローエクスプレスは2マイルもたないだろうし」
今 「ミノルは人気薄なら買いだな、オークス馬のシャダイターキンも」
板 「フィニイは2着ならありそうですな」
客 「キームスイミーも怖いかも」
今 「スピーデーワンダーもなあ、買うと来ないし、切ったときに限って」
板 「わたしもコンチネンタルにはやらっれぱなしだよ」

板「あ、申し訳ございません」
わたしたちの存在に気づいた板前は慌てて、おしぼりを用意し緑茶をカウンターに置いた。

桑「あれ、今井麻美!?」
今「なっちゃん!しゅびっち?」
小「なんでここに?家はこの街じゃないだろ」
今「きょうは元町にお買い物にきて、その帰りなの」
今井麻美の席の下には大きな紙袋が置かれていた。

・・・・・こいつろくに仕事もないくせになんでこんなことやってるんだろ?

席について突き出しの煮凝りをつつきながら、入り口の側に視線をやっていたが
そのうち、今井麻美はカードで支払いを済ませて店を出て行った。
この職業でカードを持つなど至難だから、おそらく親に保証人なってもらったのだろう

桑「うちの社長も最近はすっかりやる気をなくして、毎週競馬場通いだし」
小「鈴村さんはうるさい社長の不在を喜んでるみたいだけどな」
桑「もううちも長くはないかも」
小「そうなったら青ニにでも拾ってもらおうかな」
桑「わたしは81に行きたいな」
小「もっちーと同じところがいいのかよ」
桑「そうすればスタジオにも毎日もちーと一緒にお出かけできるから」

席についてカウンターの上に掲げられたメニューを見やる。
通り一遍の寿司ネタ以外に料理もそこそこあるようだ。だがその価格の多くは時価となっている。
こういう店は高くつくのは世の常であるから、好きな鮨といえどもよくよく注意しなくてはならない。

桑「じゃあわたしは赤身と穴子、それにみる貝
小「貝割れ巻き、かんぴょうそれに鮗」
小「ここのガリはうまいな、お茶も濃くていい」
桑「この初鰹も身がしまってていいね」

しゅびっちは日本茶をすすりながらガリを口の中で転がしている

桑「鮃と鱧の吸い物ももらおうかな」
小「どうせなら睦橋あたりの食べ放題のすし屋にしたほうがよかったかな」
桑「しゅびっち・・・・そのまでお腹がもたなかったでしょ」
桑「鮑の香草焼きでも食べようかな」
小「おい、このお店値段がないけど大丈夫か?」
桑「事務所のツケでいっちゃう?」
小「債務超過のうちの事務所じゃツケはきかないぞ、僕達の味方がいっぱいいる秋葉原ならともかく」
桑「そうね鮑はやめときましょ。鰆の塩焼きと黄桜の安いやつもらえる?」
板「はいはい」

神「あれ、ここにいたんだ。」
桑「ちろちゃん!」
神「わたしは魚は見るほうも食べるほうも好きだから」
神「こういう生簀のある店はいいよね」
小「そうだったのか、まあ僕の事務所は今日が給料日だからな」
桑「シスプリに出るようになってからやっと人に見せられる明細書になったわ」
神「今日はいつもの4人組じゃないの?」
桑「2人じゃなきゃ、すし屋にこれないよ」
小「あとの2人は生ものを食べると、すぐに戻すからな」

ディスプレイは後楽園球場の巨人戦ナイトゲームを映していた。
わたしもしゅびも巨人ファンだから重要な局面では自然と箸が止まる

桑「ちろちゃんはやっぱりライオンズファン?」
神「もちろんそうだけど」
小「どんな選手がすきなんだ」
神「基内野手とかあとは新人の若菜捕手」
神「あと、東尾投手もかわいいよね」
ちろの口から出てくるのは名前しか知らない選手ばかりだった。

神「若菜って名前は、昔いっしょにユニットやってたようこと同じだから」
小「ああ、その頃は僕も美佳子といっしょに全国行脚やってたなあ」
・・・・昔の話になるとキャリアの浅い私にはさっぱり理解できず、疎外感を覚えてしまう。

ちろが帰った後も、次第にアルコールが深くなり気をよくした私達はずいぶん長い時間その店で過ごした。
その間客は私たちだけになっていた。

9回の表ジャイアンツは1点のリード、2アウト、走者1,2塁の場面。迎えるバッターは鈍足の遠井
ピンチではあるが内野ゴロかフライで打ち取ればいい場面だ。
堀内は絶妙なコースのドロップを打ち上げさせた。
遠井の打球はレフトフィールドに上がり、打球を追う高田はフェンス際に構えて落下を待ったそのときだった。
突然、高田目がけてにビール瓶のような物体が降ってきた。ビール瓶は顔面にクリティカルヒットしてしまい、
高田は大きく仰け反り、その場にうずくまってしまった。
ファンブルされた打球が、左中間を転々とする間に2塁から藤田がホームを突き、さらに1塁走者の田淵も3塁を回ってホームへ進入
センター柴田の本塁返球も間に合わず、タイガースが逆転した。

しかし当然、これには川上監督さらに牧野投手コーチも出てきて球審の円城寺に猛抗議。
円城寺は3塁塁審の二出川を呼んで長い協議を続けたが、
結局観客の行為を処分することはできないとして2点の得点はそのまま認められた。
テレビはグラウンドにビール瓶が投げ込まれた瞬間を何度もリフレインしている。

小「なっちゃん、あの2人組・・・・」
桑「うん」
・それは間違いなく私達Pritsの望月久代と水樹奈々の姿だった。

画面を見る限りではビール瓶が投げ込まれたというより、水樹奈々が高田に瓶を投げつけたというように見える。
ゲームが再開しても、キャッチャーの森の怒りは納まらない様子で
レストスタンドを睨めつけるように目をやり、直球を要求して故意にミットを外して主審にボールをぶつけるなどした。
その左翼観戦席の群集はまだ興奮の渦にあり、瓶を投げつけた張本人である水樹奈々も得意気に周囲に手を振るなどしている。
とそのとき、後方からやってきた係員2人が奈々を取り押さえ、そのままスタンドの後方に消えていった。
アナウンサーもこのような行為には厳しい処分をなどと解説者の青田と話している。

小「奈々ちゃん大丈夫だろうか?」
桑「まさか!?」